占星術の基本的な体系は1万年前のメソポタミアで生まれ、以降さまざまな発展・発見を伴って発達してきた「未来予知の技術」です。主として戦争や農耕を中心とする、古代国家の政治に関する「未来」を探る為に生み出されたもので、現今のいわゆる「星占い」とは一線を画していましたが「来るべき運命」を読み解くと言う点では同じものでもあります。
メソポタミアで発生した占星術は、当時、肉眼によって既に発見されていた、日月を含む7惑星(水星・金星・火星・木星・土星)の運行を体系化して季節の異動を把握するところから始まりました。
メソポタミアと言えばチグリス・ユーフラテス川が有名ですが、この川の氾濫を正確に読むことが当時の政治の一大案件で、時期の特定に失敗したら国家に甚大な被害を及ぼして国力の低下に繋がりかねません。
古代占星術は治水事業のために発達したと言っても過言ではなく、ここから、更に詳細な季節の変遷を把握するために暦が生み出されていったのです。
メソポタミアにおける7惑星の発見と暦の制定は、実のところ現在まで継承されていたりします。一週間を七曜に分ける現今の暦も新バビロン帝国時代のカルデアにおいて既に採用されていました。
カルデアでは、天空をひとつの環として考える天宮の概念が生まれ、7惑星の運行をそこに見出す占星術の原型がひとつの完成を見ていたそうです。更には月食や日食も観測され、歳差(公転運動が重力の影響によって生み出す暦の上での時間差。閏年はこの時間差を埋め合わせるために制定されている。4年で厄24時間の歳差が計測されている)も観測によって確認されていました。
このメソポタミア―カルデアで発生・制定された占星術が時代を下ってエジプト・ギリシアなどに伝播したのが「未来予測の技術」としての占星術だった、とされています。